相変わらずババオの迷走は続いている。
夫とも話したが、スマートスイッチやアレクサを置いても、結局はその使い方を私に聞いてくることが増えるだけだろう、という結論に達したので、止めることにした。
昨日からババオは「赤い住所録」のことで頭が一杯だ。
電話をかけようと思ったら「赤い住所録がない」と騒いでいる。「さっきまであったのに…下にない?」と聞きにきたが、そんなものは見たことはない。
「ババオの住所録はB5サイズの住所録しか知らないよ」というと
「それよりもう少し大きいサイズの住所録があるの」と断固として譲らない。
「B5の住所録に、必要な電話番号は書いてあるのだから、もういいじゃん」と言って、面倒くさいのでその場を離れる。
確実にババオの思い違い。勝手に大きい住所録があると思い込んでいる。
まぁもしホントにあるなら、それは申し訳ないと思うが、99%無いと断言する。
そして、今日はババオに懇願されたことがある。
お願いがあります。
夜は必ず様子を見に来てください。
!? えっ?何?いや、毎晩様子を見に行ってますがな。昨日も行きましたがな。でもババオはイビキかいてガーガー寝てるわけ。電気とテレビはいつも私が消してるじゃない。
正直云うと、寝てる時を狙って見に行っている(笑)。理由は簡単、ババオが起きていると本当に面倒だからだ。そこでつかまると話が長くなり、背中を押してくれ、さすってくれ、肩を押してくれ…と注文が多く、私の睡眠が削られる。
昨日も真夜中の1時半に背中を押して欲しい、もんで欲しいとリクエストがあった。
最近は一日に一回以上はそう言ってくる。
確かにババオの背中はここ半年で驚くほど曲がってしまった。
だが、恐ろしいことに、本人は自分の背中が曲がっているとは思っていない。
鏡をみればわかるのに。お風呂にだって大きな鏡があるのに、
要は歳を取ると、人は自分の都合の悪い情報は全てシャットアウトして見ざる聞かざるになるのか。
あまりに毎日背中押してくれ攻撃が夜中に続くから、昨日は改めて
「背中がかなり曲がってるから気を付けた方がいいよ。」と伝えた。
だが、ババオは初めて聞いたように
「そんなに曲がってるかしら」と返してきた。
再びハッキリ言った。
「うん、すごく曲がってる。申し訳ないけど、いかにもお婆さんっていう背中の曲がり方になってる。でもこれは家族じゃなくちゃ本当のことは言わないから、本当のことを私は伝えてる。」
きっと、それも忘れちゃうのだろう。
暖簾に腕押し、馬の耳に念仏…
ただ、このまま行ったら、確実に私は介護鬱になる。世話が大変というのではない。
精神的に追い詰められている。
話の通じない忘れっぽいストーカーに、仕事を邪魔されて、四六時中つきまとわれている気分。
子供だから、親孝行しなくちゃいけない、いい母親だったのだから、親孝行しなくちゃいけない。
楽しく老後を過ごさせてあげなくちゃいけない、話を聞いてあげなくちゃいけない…
そういう「~あるべき」重圧が私の精神を追い詰めてくる。
こちらが介護鬱になる前に、そろそろ諦めが肝心か…(涙)。